今回は憲法の問題を考える際の基本的な思考方法について、お話ししたいと思います。
まず初めに、「誰の」「どのような権利」が問題となっているかについて、検討する必要があります。具体的には、「~の~する権利」や「~の~されない自由」等、その問題で問題となっている権利や自由を特定しなければなりません。
次に、上記自由や権利が、「憲法上保障されるか」という点を考えなければなりません。これは、上記自由や権利が憲法上どのように位置づけられるか、例えば、「~の~する権利は、表現の自由として保障される。」といったように、当該自由や権利が、憲法上保障の下にあるのかという点を検討しなければなりません。基本的に憲法の問題で、憲法上保障されない権利が登場してくることはまず有り得ないと思いますが、反論で、そもそも憲法上の権利として保障されないという反論を書く場合はあるかと思います。
このように、位置づけをして、当該自由や権利が憲法上保障されるとしても、絶対無制約ではなく、公共の福祉(12条後段、13条後段等)による制限を受けます。この公共の福祉とは、一般的には、「人権相互の矛盾衝突を避ける実質的公平の原理」といわれています。
そのため、当該憲法上保障された権利や自由が制約されている場合、その制約が憲法上許容されるかについて、検討しなければなりませんが、そのためには違憲審査基準を定立しなければなりません。これは、どの科目でも書く規範定立と同じと考えてもらえれば結構です。
では、どのようにして違憲審査基準を定立するかについてですが、基本的には、権利の性質・規制態様の強度・反対利益の重要性というファクターを使って、審査基準を定立します。審査基準というのは、抽象論だけで決まるということはあり得ません。
なぜなら、例えば、表現の自由が問題となっている場合、二重の基準論「だけを」を書いて、「厳格に判断すべき」という答案を見ますが、二重の基準論とは、簡単に言えば経済的自由に対する制約よりも精神的自由に対する制約の方が厳しく審査されるべきということを言っているだけで、そこから直ちに審査基準が導き出されるものではないからです。
それでは、よい審査基準定立の論述をするためにはどうしたらよいか。具体例として表現の自由が問題となっているとしましょう。まず、表現の自由という「権利の性質」から考えると、表現の自由には自己実現・自己統治の価値があり、特に自己統治の価値というのは、民主制の過程において、様々な価値観や考え方に触れ、それに基づいて自らの国家観を決定するのは極めて重要なことですから、自己統治の価値を有する表現の自由に対する制約には、基本的に慎重に判断すべきでしょう。
そうすると、厳格な審査基準になりそうです。ただ、これだけで終わっては、抽象論だけで終わることになってしまいます。
問題としなければならないのは、その問題で問題となっている「~の~する権利」であることを忘れてはいけません。なので、表現の自由の中でも、具体的に問題となっている「~の~する権利」というのは、どのように位置づけられるのかについて、具体的な検討をすることが必要です。
そうしなければ、当該問題で問題となっている具体的権利の「権利の性質」を検討したことにならないからです。その具体的権利の「権利の性質」まで検討して、初めて「権利の性質」というファクターを検討したことになります。
また、その自由に対する規制態様が強いものか弱いものか、強ければ審査基準は上がりますし(厳格になる)、弱ければ審査基準は下がります(緩やかになる)。
さらに、反対利益が重要なものであれば審査基準は下がりますし、重要でなければ、重要でない反対利益のために重要な権利を制約していることになるのですから、審査基準は上がることになるでしょう。
このように、上記3つのファクターを基本として、様々な観点から考えて審査基準を定立することが良い審査基準の定立となります。
後は、審査基準を定立したら、その審査基準に基づいてしっかりと具体的事案を検討することが重要になります。
以上、簡単にではありますが、憲法の答案の思考方法についてお話しさせて頂きました。重要なのは、抽象論に終始せず、当該問題で問題となっている具体的な権利や自由について検討することです。後は、上記3つファクターに基づいて、多角的に検討して説得的に審査基準を定立することが重要です。
コメント